■ 橋本秀雄の執筆記事、インタビュー記事一覧(1996年〜) ■


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2009年

 毎日新聞 2009年10月8日 東京朝刊

 境界を生きる:性分化疾患
 「存在、認める社会に男と女」だけなのか 
 決定にモラトリアム必要 「個性…でも疾患」

 



「人間を男と女だけに分けるのは時代遅れ」「真ん中の性を認めれば、丸くおさまる」

 日本小児内分泌学会が性分化疾患のある新生児の性別を判定するためのガイドラインを策定することが明らかになった先月末以降、インターネット上には性別を男女だけに分けるという大前提に疑問を投げかける書き込みが相次いでいる。

 一見、非現実的にも思えるが、かつて同様の考えを論じた文章が医師や法律家の間に波紋を広げたことがある。日本生命倫理学会初代会長の星野一正・京都大名誉教授が00年に法律雑誌に載せた論文「性は『男と女』に分けられるのか」だ。

 星野氏は日米両国で産婦人科医として数多くの分娩(ぶんべん)に携わり、性分化疾患の新生児にあいまいな性別判定をせざるを得なかった過去の反省に立ち「研究の進歩によって、ヒトを男女に二分して性別を正確に決定する基準を設定しようとすること自体が不可能に近いことが分かってきた」と指摘。そのうえで「男か女かのいずれかの性別のみを記録することを義務づけている現行の法律は即刻改正すべきだ」と言い切った。

 星野氏と親交があった日本半陰陽協会主宰の橋本秀雄さんによれば「男にも女にも違和感を覚えてしまう多くの当事者の実態に即した考え方だったが『アメリカかぶれの机上の空論だ』と一笑に付す学者もいたようだ」。



 この「空論」がすぐに受け入れられるほど社会は柔軟ではないが、患者が置かれた状況がこのままでいいとはいえない。

 性分化疾患や性同一性障害がある人の診察経験が豊富な「はりまメンタルクリニック」(東京都)の針間克己院長も、性の男女二元論には懐疑的な立場だ。性分化疾患の患者が自ら感じる性別は、男女半々だったり、7対3だったりする。さらにそれが時々入れ替わる人や、年とともに変わる人もいるという。

 こうした人たちを男性か女性か、明確に分けることはできない。でも社会生活を営むにはどちらかの性別を割り当てる必要がある。そこで針間院長は「性別判定には時間がかかるとの前提に立ち、性別が決まらないモラトリアム(猶予期間)の必要性を社会に訴えることこそが、今医師に求められているのではないか」と提言する。

  



  

 こうした議論は当事者自身の目にはどう映っているのか。

 男性ホルモンの不足で第2次性徴が全く来なかった大学3年生、裕司さん(22)=仮名=は女性と間違えられる外見を「ある意味で自分の個性」と感じつつも、もっと男性らしくなりたいと思い、男性ホルモンの投与を受けている。声が低くなり体毛が濃くなると、今度は予期しなかった喪失感を覚えたという。

 そんな複雑さを抱える裕司さんだが「第三の性があってもいい」「そのままの自分に誇りを持って」との意見には違和感がある。「患者を気遣ってくれているのかもしれない。でも社会は男か女かの区別を前提として動いている。男性として生きたい自分にとって、今の状態は『疾患』以外の何物でもない」

 性分化疾患の患者や家族たちは長い間、孤独な状況に置かれてきた。社会はどう向き合うべきなのか。「まずは存在を知ってほしい」。当事者の多くは訴える

 
 毎日新聞 2009年10月7日 東京朝刊
 境界を生きる:性分化疾患


 金メダリスト、さらし者に 陸上の南ア・セメンヤ選手 
 薬物と偽り性別検査 「染色体、すべてではない」


 
 8月25日、南アフリカ・ヨハネスブルクのオリバー・タンボ国際空港。到着ロビーはベルリン世界陸上選手権女子八百メートルで優勝したキャスター・セメンヤ選手(18)を励まそうと駆けつけた市民でごった返した。その数、数千人。大歓声に戸惑いながらも、セメンヤ選手はVサインを高く掲げ「ありがとう、ありがとう」と繰り返した。

 セメンヤ選手が優勝後、並外れた競技能力と筋肉質の体格などから性別を疑われた問題は祖国南アを揺さぶった。政府は「彼女が黒人であり、欧州勢をしのぐ活躍をしたためだ」と声明を出し、国連人権委員会に申し立てる意向も示した。アパルトヘイト(人種隔離)政策を克服した国民が人間の尊厳を侵す問題に敏感に反応したのは当然の成り行きだった。地元紙ザ・タイムズは「彼女の外見を創造したのは神様」との祖母マプシさん(80)の言葉を紹介した。

 だが9月に入り、海外メディアが「医学的検査の結果、男性と女性の生殖器を持つ両性具有であることが分かった」と報道、性分化疾患の疑いを指摘した。南ア陸連が禁止薬物使用(ドーピング)検査だとうその説明をして性別検査を実施していたことも発覚。国際陸連は11月までは最終的な決定をしないとの姿勢で、真相はいまだ定かでない。

    


 「なぜ彼女は世界のさらし者にされなければならなかったのか」。日本陸連医事委員の難波聡・埼玉医科大産婦人科講師(臨床遺伝学)は「スポーツの世界では繰り返されてきた問題。本人の尊厳のためにも情報がオープンにならないよう徹底されていたはず」と憤る。

 難波医師によると、女性選手に一律の性別検査が行われた最後の五輪は96年のアトランタ大会だった。この時、検査した3387人のうち8人に男性型を示すY染色体があったという。それでも、全員が女子競技への参加を許された。なぜか。

 女子競技では主に性別をめぐる二つのケースが問題になる。一つは男性が女性と偽って出場したり、何らかの事情で女性として育てられ紛れ込んでいる場合。もう一つが性分化疾患だ。メダルはく奪などの処分が下されるのは「偽り」がほとんどで、性分化疾患の場合は必ずしも処分されるわけではない。「染色体は判断材料の一つにはなるが、すべてではない。重要なのは男性ホルモンがどれだけ競技能力に有利に働いているかの判断」という。

 世界陸上のように最高レベルの身体能力を持つ選手が集まる大会では、性分化疾患によって男性ホルモンが強く働いている女子選手が一般社会以上の割合で見つかるのは必然だ。難波医師は「世界の目が集まる場で女性選手が精神的に傷つけられることが繰り返されてはいけない」と話す。

    


 セメンヤ選手の故郷は南アフリカ北東部にある小さな村だ。「プアレスト・プア」(最貧困地区)として知られ、電気、水道などの整備も進んでいない。親族の一人は「女の子として生まれ、育ててきた。私たちの自慢の子なのに、何が問題なのか」と訴える。

 9月上旬に発売された地元の雑誌「YOU」はセメンヤ選手を特集した。表紙には黒いドレスにネックレスをつけた写真を掲載。本人はインタビューにこう語っている。「私は私であることが誇り」

 海外メディアが「両性具有」と報じた翌日、セメンヤ選手は国内レースの出場を取りやめ、その後は公の場に姿を見せていない。

丹野恒一、ヨハネスブルク高尾具成
つづく(次回は性別をめぐるさまざまな議論についてです)

 

 毎日新聞 2009年10月6日 東京朝刊

 境界を生きる:性分化疾患 
 告知…娘は命を絶った「いつ、どう伝えたら」悩む親
 医療現場 重い事実求められる心のサポート



 一昨年9月、西日本で一人の医学生が自ら命を絶った。自分に性分化疾患があると知って間もなくのことだった。悲しみの中にいる父親が「あの子が生きた証しを残したい」と、一人娘の21年の人生を記者に語った。

 由紀子さん=仮名=は生後6カ月の時、卵巣ヘルニアの疑いで手術を受けた。自分も医師である父正継さん(54)=同=は手術に立ち会い、執刀医の言葉にぼうぜんとした。「卵巣ではなく、精巣のようです」

 検査の結果、染色体や性腺は男性型だが外見や心は女性になる疾患(完全型アンドロゲン不応症)と分かった。夫婦は迷わず女性として育て、本人には「小さい時に卵巣の手術をした。生理はこないかもしれない」とだけ伝えた。

 「出産も結婚も望めない。せめて一人で生きていける力をつけてやりたい」。両親の願いに応え、由紀子さんは医学部に合格。正継さんは「これで体のことを理解できるようになる。医者になるころにすべてを知るのが一番いい」と思った。だが、そうはならなかった。

 大学1年生のクリスマス。由紀子さんは同級生から告白され、交際が始まった。翌春、初めての性交渉がきっかけで生理に似た出血が1週間続き、母親に相談した。正継さんは「昔の診断は間違っていたのではないか」と淡い期待を抱いた。改めて診察を受けようと、娘に初めて病名を伝えた。夏、由紀子さんは「誰にも知られたくない」と、遠くの病院で検査を受けた。

 そこで告げられたのは、親子のわずかな望みをも断ち切る残酷なものだった。

 染色体は男性型の「XY」。子宮や卵巣はなかった。「あの医者、どうしてさらっと『子宮はないね』なんて言えるの?」。そう憤る娘が痛々しかった。

 診断から1カ月後。由紀子さんは下宿の浴室に練炭を持ち込み、自殺した。室内に遺書があった。「体のこと、恋愛のこと、いろんなことがあって……」。携帯電話には自殺直前に彼氏とやりとりしたメールの記録が残っていた。

 由紀子さんは自分の疾患のことを彼氏に打ち明け、距離を置こうと切り出されていたという。まだ若い学生が抱えるには重すぎる事実だったのだろうか。

 娘を失って2年。正継さんは今も「もし過去に戻ってやり直せるなら」と考えてしまう。思春期を迎える前に病気のことを話し、異性との付き合いを制限すべきだった。そのせいで多感な思春期に道を踏み外し、医学生の夢をかなえることも、恋をすることもできなかったかもしれない。「それでも、生きていてほしかった」


 95年から性分化疾患の自助グループ「日本半陰陽協会」を主宰する橋本秀雄さん(48)は部分型アンドロゲン不応症で、心身が男にも女にもなりきれない。親からは何も聞かされずに育った。

 自分の中の違和感に苦しんできた橋本さんは32歳の時、覚悟を決めて母親を問いただした。母親は一瞬たじろいだ後、言葉を絞り出すように話し始めた。

 3歳になっても外性器が小さいままで、国立大学病院を受診すると「半陰陽」だと言われた。男性ホルモンを投与したが、効き目はなく、治療をやめてしまった−−。

 それを聞いた橋本さんは「半狂乱になって母をののしった」。自分の体がどう診断され、何をされたのか。病院に問い合わせたが、30年も前のカルテは残っていなかった。大切なことが分からないままになった。

 母親への思いが変わったのは、自助グループを作ってからだ。多くの親たちの苦しみに触れ「母も精いっぱいのことをしたのだろう」と思えるようになったという。

     *

 本人への告知をいつ、どのようにすべきなのか。医療現場も揺れている。医師たちは親に「本人には絶対に黙っていて」と口止めされる一方で、成長後に自分の疾患を知った子からは「なぜもっと早く教えてくれなかったのか」と非難されることも多い。

 東京都内のある専門医は、前の主治医から引き継いだ20歳の女性に「中学生になったころ手術を受けた記憶がある。私には睾丸(こうがん)があって、それを取ったのですか?」とストレートに聞かれたことがある。言葉を選んで説明したつもりだが、女性は言葉に詰まり、ぼろぼろと泣き出した。

 「詳しく知らないまま楽しく暮らせている人もいる。すべてを話すことがいいことなのか」。あれから10年近く、医師にはまだ答えが見つからない。

 大阪府立母子保健総合医療センターの島田憲次医師は「思春期にはある程度話さねばならない。でも、どこまで明かすべきかは常に迷う。悩みは深い」と話す。

 立ち遅れてきた性分化疾患の医療。心のサポートも急務となっている。



 ことば

 アンドロゲン不応症

 精巣などから分泌されたアンドロゲン(男性ホルモン)は受容体と結びついて初めて外見や心を男性化させる。受容体の一部が機能しない「部分型アンドロゲン不応症」は心身ともに性別があいまいになる。全く機能しない「完全型」は外見上女性のため出生時に気づかず、生理が来ないことなどを機に染色体が男性型であると知る人も多い。


 毎日新聞 2009年10月1日 東京朝刊
 境界を生きる:性分化疾患 


 子の性別、親が選んだ食い違う診断
 病院を転々不安、自責…「娘は私を恨むだろうか」


 東日本に住む敏子さん(37)=仮名=が長女美咲ちゃん(4)=同=の異変に気付いたのは生後5カ月の時だった。オムツを替えていると、陰核(クリトリス)がそれまでより少し大きくなっていた。「赤ちゃんって、こんなものかな」。それ以上深くは考えなかった。

 その後、美咲ちゃんが風邪で小児科にかかった時、念のため医師に尋ねた。答えは「一人一人違う。いくらでもあること」。医師が言うのだから大丈夫。そう自分に言い聞かせた。


 だが生後10カ月のある日、平穏な暮らしが揺らぎ始める。朝、かつてかかったことのある総合病院の小児外科を受診すると、医師が少し焦った様子で言った。「(陰核が)以前はこんな大きさじゃなかったはず。午後、小児科を受診してください」。胸がざわついた。

 昼休み、待合ロビーで長椅子に腰掛けていると、先ほどの医師が静かに隣に座ってきて、こう告げた。「娘さんはもしかすると男の子かもしれませんね」

 傍らで、つかまり立ちできるようになったばかりの美咲ちゃんが、窓から差し込む冬の日差しを受けて無邪気に遊んでいる。「この医師はいったい何を言ってるの?」。言葉が出ない敏子さんを残し、医師は立ち去った。

 そして午後。診察室に入ると、小児科の部長が待っていた。思わず身構えたが、部長は自信なさげにパソコンに向かって症例を検索するばかり。そうこうするうちに血液検査の結果が出た。「問題なし。心配しなくていい」。ただし、陰核を小さくする手術だけは必要と言われた。

 食い違う診断。安心できたと思うと突き落とされ、再び安心し、そしてまた……。医療への不信感が芽生えた。

 その小児科部長に紹介された大学病院でも同じだった。初診で「異常ないと思います。念のため染色体の検査をしましょう」と笑顔を見せた内分泌医が、1カ月後に受診すると明らかに動揺している。「こんな子、診たことがありません。染色体検査では女か男か分からない。詳しい医師が関東にいるので……」

 *

 こうして美咲ちゃんの1歳の誕生日を前にたどり着いたのが、現在の主治医だ。太鼓判を押されて紹介された病院だけに、数々の検査の末に告げられた診断結果は重かった。

 美咲ちゃんには子宮や膣(ちつ)はあるが、卵巣ではなく精巣がある。遺伝学的には男女の区別がはっきりせず、どちらかというと男性に近い。ホルモン治療をすれば月経が始まるけれど、妊娠はできない。合併症で低身長や難聴の症状が出る−−。

 楽観主義の夫(34)はそれまで医師に何を言われようと「美咲に限って」と耳を貸さなかった。でもその日は違った。診察室を出てからも、口を開こうともしなかった。

 約1カ月後、病院で今後の治療方針を話し合った。医師は夫婦に「女の子と男の子のどちらで育てたいですか」と尋ねてきた。動揺がおさまらない夫婦には、親が子どもの性別を選ぶということを不自然に思う余裕もない。「今まで通りに女の子として育てられるなら……」。医師はその答えを待っていたのか「既に女の子として養育している状況などを総合的に考えると、それがいいと思います」と言った。

 それから1カ月もたたないうちに、まず精巣を摘出。陰核を小さくして外陰部をより女性らしくする手術も受けた。今後は経過観察を続け、低身長が著しくなれば成長ホルモン、思春期を迎えるころには女性ホルモンの投与を始めるという治療方針が立てられた。

 


 いま、美咲ちゃんは多少病気がちながらも女の子として元気に幼稚園に通っている。しかし、友だちと遊ぶ様子を見ていて、敏子さんは気になってきた。かわいらしい服装を好む半面、男言葉を使うことがあり、昆虫が大好きで、人形遊びは嫌い。

 主治医に検査結果を示された時、染色体や性腺の性についての説明は受けたが、心の性がどのように育つのかを聞いた覚えはない。「この子が将来、自分は女性ではないと思うようになり、手術を受けさせた親を恨むことはないのだろうか」。そしてこうも思うようになった。「男でもなく女でもない、生まれてきた体そのものが、この子には最も自然だったのではないか」

 昨秋、インターネット上に性分化疾患の患者や家族が集うサイトを見つけ、悩みを書き込んでみた。「性別を決めるのが早すぎたのではないですか」「子どもの疾患を気遣うばかりに、家族の生活が回らなくなることもあります」。厳しい指摘もあったが、当事者にしか分からない思いや情報に触れ、暗闇から一歩抜け出せた。

 サイトにはその後も社会から孤立した親たちの相談が絶えない。敏子さんは自然と、それに答え、支える立場になった。「あの不安を私は知っているから」

 【丹野恒一】=つづく(次回は6日、本人への告知をめぐる課題です)



 ◇性別意識する仕組みは

 人間は自分自身をどのようにして男性(または女性)であると認識するのか。まだ十分ではないが、男性であることを意識するメカニズムは少しずつ解明されてきた。

 受精卵から細胞分裂が進み精巣ができると、そこから男性ホルモンが分泌される。それを脳が浴びることで、成長後に自分を男性と認識したり、男性的な行動を取るようになるという考え方がある。一方、成育環境や体の外見をどう自覚するかも加わり、複合的に決まるという説もある。

 女性と判定された性分化疾患の子から精巣を摘出しても、その前段階で脳が男性ホルモンを多く浴びていれば、意識は男性寄りになることもあるとみられる。性別判定の際にどこまで考慮すべきかが課題となっている。


 毎日新聞 2009年9月29日 東京朝刊
境界を生きる:性分化疾患 診断「100%の正答ない」



 

 男か女か。人生を左右する重大な決定が新生児医療の現場で揺らいでいる。染色体やホルモンの異常により、約2000人に1人の割合で発生するとされる性分化疾患。医師たちはどのような判断を迫られ、患者や家族はどんな思いを抱えているのか。
 丹野恒一

 染色体、生殖能力…要因複雑/ずさんな性別判定、今も

 「あの子、女らしく育ってくれるだろうか」。東京都世田谷区の国立成育医療センター。性分化疾患の研究・治療で国内をリードする一人、堀川玲子・内分泌代謝科医長は、センターが開所した02年から診察を続けている一人の子の成長がずっと気になっている。

 その子は生後約1年で、地方のある大学病院から「陰茎(ペニス)の発達異常がある男児だが、男性ホルモンをいくら投与しても大きくならない」と紹介されてきた。しかし、詳しく検査してみると染色体は女性型のXXで、子宮や卵巣もちゃんと備わっていた。男性ホルモンの過剰分泌が原因で女性の陰核(クリトリス)が陰茎のように肥大する病気と分かった。いわば、女の子が無理やり男の子にされようとしていたのだ。

 両親と話し合い、性別と名前を女の子に変える法的手続きを取ることを決めた。家族は周囲にその事実を知られぬよう、県内の別の市に転居した。堀川医師は今も定期診察で年に2回その子に会うが、言葉遣いや様子は男っぽく、遊び相手も男の子ばかりという。「不必要で過剰な男性ホルモンを投与したからではないか」と心配でならない。

 こうした事例はのちも続く。今年初め、別の大学病院から紹介されてきた子にも外性器の発達異常があった。判断が容易な症例ではなかったが、基本的な染色体検査さえされぬまま「どちらかというと外性器の形状が女に近い」という理由で女性と決めつけられていた。センターでの検査の結果、染色体は男性型のXY、不完全ながらも性腺は男性ホルモンを作っていた。

 堀川医師は「どちらの例も、慎重に診断していれば、最初に選ぶべき性が逆だったはず」と表情を曇らせる。

    


 医師の間でもタブー視されてきた性分化疾患が今以上に闇に置かれていた時代、患者はもっと低レベルの医療を受けざるを得なかった。日本小児内分泌学会性分化委員長の大山建司・山梨大教授は「男性器を形成するのが技術上困難だった80年代ごろまでは、医師の間では当然のように『迷ったら女にしろ』と言われていた」と打ち明ける。

 特に、性分化疾患の中でも約2万人に1人と発生頻度が高く、外性器からでは男女の区別がつきにくい先天性副腎皮質過形成の場合は「当時の性別決定のうち、約15%は誤りだったとも言われている」。

 ただし、原因が解明されてきた現在でも、容易には診断がつかないケースがある。染色体の異常の程度やホルモンの働き具合などが複雑に絡み合い、同じ病名がついても症状が全く違ってしまう。「どちらかの性で生殖能力があるか」や「将来、男女どちらだとより充実した性生活が送れるか」など、何を優先するかでも選ばれる性別は変わってくるという。「どうしても判断に迷うと、重圧で押しつぶされそうになる」「判定にはストレスを伴う」。ベテラン医師たちからもそんな本音が漏れる。

 「この疾患ならば男性、これなら女性にするのが正しいという100%の正答がない。それが性分化疾患の難しさ」と大山教授は話す。

    *

 大阪府和泉市の府立母子保健総合医療センターでは90年代初め、あるトラブルがあった。

 性別の判定が難しい子が生まれた。主治医は親に性別を決めるまでにはまだ時間がかかると説明したが、祖父は「性別がはっきりしないと田舎はうるさいので困る」と迫り、父親は「外に出せないような子だと近所でうわさになっている」と訴えた。

 医師はせかされるように、この子は女性であると決めた。しかし、両親は出産直後、助産師が軽率に「とりあえず男でいきましょう」と言うのを聞いてしまっていたため、診断への不信感を長く引きずることになった。

 同センターではこの問題をきっかけに、性分化疾患の疑いがある子が生まれたときの医療体制を決めた。子どもの症状を一人の医師が判断するのではなく、小児科や泌尿器科、産科、新生児科など複数の医師が集まり、それぞれの分野の経験と知識を出し合って結論を導き出す。

 同時に、親に説明する際の留意点もまとめた。泌尿器科の島田憲次主任部長は「言葉の使い方一つで、親の受け止め方は違ってくる。『だと思う』といったあいまいな言い方はしないよう申し合わせた」と話す。

   


 こうした取り組みはまだごく一部でしか行われていない。堀川医師は訴える。「顕在化している問題事例は氷山の一角に過ぎない。不適切な診断を受けたまま、つらい人生を歩んでいる人がたくさんいるだろう。医師は子どもたちの一生を決める責任を背負っている。まずはその自覚が必要なのです」=つづく(次回は性分化疾患の当事者の話です)



 性分化疾患

 人間は一般的に、外性器・内性器や性腺(卵巣、精巣)、染色体のすべてが男女どちらかの性で統一されているが、それぞれの性があいまいだったり、食い違って生まれてくる病気の総称。出生後、男女どちらが望ましいかを決めた後、ホルモン治療や性腺の摘出、外性器の形成手術などで、選んだ性に近づけていくことが多い。不適切な判断を減らすため、日本小児内分泌学会は10月、初の症例調査に乗り出し、性別決定までのガイドラインを策定する。



毎日新聞 2009年9月28日 
性分化疾患 新生児 男女の判定にガイドライン症例調査へ


 染色体やホルモンの異常により、外見で男女の区別が難しい新生児が約2000人に1人の割合で生まれているとされる。いずれかの性に近づける医療にあたる際、医師が誤った判断をしているケースが問題化している。
 染色体や性腺からみるとほぼ女性である子に対し、男性ホルモンを投与していた例もある。日本小児内分泌学会(藤枝憲二理事長)は医療機関が性別を判定するためのガイドライン策定に向け、10月から初の症例調査に乗り出す。

 こうした疾患は医学的に「性分化疾患」「性分化異常症」などと呼ばれる。以前は原因がほとんど分からなかったが、90年代以降に性が男女に分化する仕組みが急速に解明され、診断の精度が上がってきた。

 しかし、同学会性分化委員会によると最近でも、外性器だけをみれば男性に近いが、染色体が女性型で卵巣もある子に過剰な男性ホルモンを投与し続けたり、外性器で男女の区別がつかない子が染色体検査もされぬまま性別を決められた例などが報告されている。医師が判断を誤ったことで、出産ができない体にされた人や、精神的な苦痛を抱えている人もいる。

 さらに、男性型と女性型の染色体が混在していたり、卵巣と精巣の両方があるなど、専門医でも判定の分かれる症例があり、家族や成長後の患者本人が医療に不信感を抱くケースも明らかになってきた。

 このため、同学会は性分化疾患が疑われる子が生まれた場合のガイドラインが必要と判断。より正確な診断をする手順をまとめるほか、男女どちらの性が望ましいかを慎重に議論するためのチーム医療体制のあり方や、親に説明する際の留意点などについて、具体策を示すことにした。

 また、病気の総称についても、一般的に使われている「半陰陽」「両性具有」などの呼び方には蔑視(べっし)的な響きがあるとして、10月に宇都宮市で開かれる総会で「性分化疾患」に統一する。

 性分化委員会委員長の大山建司・山梨大教授は「医学界が真剣に取り組んでこなかった分野で、当事者や親は孤独でつらい思いをしてきた。安易な性別決定によって苦しむ人を一人でも減らしたい」と話している。

 丹野恒一



 ことば・性分化疾患

 通常は男女いずれかで統一されている染色体(XX、XY)、性腺(卵巣、精巣)、外性器や内性器(子宮、膣=ちつ)などの性が一致せずに生まれてくる疾患の総称。心と体の性が一致しない性同一性障害とは異なる。
 新生児の段階で疾患が見つかった場合は、ほとんどがその時点で男女どちらが望ましいかを選び、手術やホルモン治療をする。8月の世界陸上選手権女子八百メートルで、優勝した南アフリカの女子選手が性別を疑われた例など、スポーツ界で論議となることも多い。



 性分化疾患 医療界もタブー視

 心と体の性が食い違う性同一性障害については、04年に特例法が施行され、権利擁護がようやく進み始めた。一方、体の性も一致しない性分化疾患の人たちは、これまでほとんど光が当てられてこなかった。

 性分化疾患の治療に長年携わってきた位田忍・大阪府立母子保健総合医療センター消化器内分泌科主任部長は「科学がメスを入れないタブーの領域で、医師の間でも問題意識が共有されてこなかった」と認める。不適切な性別判定や医療行為が後を絶たない一因も、そこにある。

 当事者や家族は周囲の偏見を恐れ、苦しみを抱え込んできた。出産直後に子どもの性別がはっきりしないと知らされた親は、いきなり重責を負わされる。男性と女性、どちらで育てるべきか。診断結果と方向性を示すのは医師だが、最終的に決断するのは親だ。

 さらに患者自身の苦痛は計り知れない。自分の意思が芽生えない段階で大事なものが人為的に決められ、それが成長してから自覚する性と違ってしまうこともある。家族や医師から告知されないまま成長し、第二次性徴期や結婚後に自分の疾患を知る人もいる。

 日本小児内分泌学会は成長した患者たちの追跡調査もする方針という。医学的研究にとどまらず、患者や家族の生きづらさを和らげることにつなげてほしい。私たちも、声を上げられずに生きる人たちが数多くいることを、もっと理解しなければならない。【丹野恒一】



2008年



2月21日 青弓社 より 新発売!
橋本 秀雄の新刊 1600円(税別)

性分化障害の子どもたち
〜医療空白地帯の現状〜





第一章
親の不安〜弱体化した母子保健システム〜
少子化による母子保健システムの弱体化の影響は子どもを持つ親達に長期的な育児不安を抱かせている

 第ニ章
子どもの病院環境
全国小児病院と周産母子センターにおけるセカンドオピニオン、患者向けクリニカルパス、 プレイル−ム、 保育士の配置、遊戯療法(プレイセラピー)、作業療法、集団療法、家族のための宿泊施設、院内学級、等の病気で長期入院する子どもと家族のための病院環境をルポします。

 第三章
性分化障害の子どもと当事者の通院する
全国病院リスト

pesfisのホームページで公開している通院する全国病院リストより詳細です

 第四章
二つの広域な医療空白地帯

日本に存在する二つの広域な医療空白地帯をルポ

 第五章
医療地域格差〜治療を中断する人々〜



私のライター生活10周年記念作品
にご期待下さい!



私としてはdisorders of sex development (DSD)と言う言説をめぐって不愉快なのは、学者の『性分化障害及び性発達障害の子ども(当事者)とその家族のためにならない』議論は止めてくれ!

今後性分化障害及び性発達障害の子ども(当事者)とその家族の日本の唯一の自助組織として『DSDと言う言説をめぐって今後の動向に注目していきたい』と思います。

性分化障害の子ども(当事者)がどの様に成長し発達するのか?

それは

『個別的かつ多様である』答えは、誰にも判りません。


次回の作品につづく…
病めるアメリカ
〜DSDという言説をめぐって〜





2007年



私のライター生活10周年記念作品にご期待ください!
 
今年始め頃からこつこつと書き始めて8月6日脱稿しました!
 私の新著は今秋に出版予定です!
 内容はpesfisのホームページの拡大版です、ホームページでは説明しきれない箇所を解説しながら新生児、小児医療の深刻な医療地域格差をルポしましす。またインターセックス(半陰陽)の子ども(当事者)とその家族の通院もリストもホームページよりも充実させて掲載しています。
 
 
 さてISNA(北米半陰陽協会)は、日本においての小児慢性特定疾患に指定されている『内分泌疾患』の『性腺または思春期発現機構の変異』の患者に対してdisorders of sex development (DSD)と言う言説を使用すべきだと主張しています。
 
 
ISNA(北米半陰陽協会)の患者運動の政治的主張は、アメリカ合衆国には何と!母子保健システムが存在しないからです。つまり”DSDという用語”は政治的に『ISNAを指示する団体の用語』であると私は解釈しています。
 
 たとえインターセックス(半陰陽)から「性分化障害及び性発達障害」へと『政治的に用語』が変わろうとも、患児とその家族にとっては『奈落の底へ突き落とす』用語には変わりはないのです。



出版社の内容紹介より引用しました。
「学力問題・ゆとり教育」に関する膨大な議論を、研究者のみならずジャーナリズムにおける言説も交えて収録。
出版社からの内容紹介より引用しました。
ハウツー本などの技術的アプローチ、特定のイデオロギーや規範からの現状批判に終始しがちな「子育て・しつけ」というテーマに対して、現状を的確に捉えた諸論考を精選。
第二部性的人権と多様なセクシャリティより
半陰陽の子ども達とその家族の医療対応と福祉支援理論編と実践編が掲載
 その他小倉千加子、伊藤公雄等が論文を掲載しています。



2005年
5月10日
法律と文化LEC東京リーガルマイン
特集
ちょっと待った!男女共同参加画社会基本法
〜科学的・生物学的見地から抜本改正を〜
『半陰陽者の立場から見た社会システム』



2004年
7月
明石書店スポーツ・ジェンダー学の招待
飯田貴子、井谷恵子共著
子どもの心をふみつけるスポーツが掲載



2003年
1月
季刊女も男も
多様なセクシュアリティを考える
性のグラデーション〜女も男もそして半陰陽も〜
11月
『おそい、はやい、ひくい、たかい』ジヤパンマシニスト
思春期の男の子と暮らす『むかつく、荒れる、黙り込む』



2002年
 2002年4月5日 No,406週刊金曜日性と生の話A
『沈黙していた半陰陽者が半陰陽の子どもたちのために主張したこと』より
医学実験された半陰陽の子どもたち
 
 新生児が誕生した時周りの大人達はまず、「女の子?」「男の子?」と問います。日本に於いて新生児は生後14日以内に出生届け提出し、戸籍に名前と続柄を登録します。そして子どもたちは「男性社会」と「女性社会」に組み込まれていきます。
 日本に於いての新生児の性判定は通常、外性器形態によって判定されいます。しかし稀に、女子とも?男の子とも?判定できない新生児が誕生します。その子どもをインターセックスチルドレン(半陰陽の子どもたち)言います。

 1950年代にアメリカ合州国で作成された半陰陽の子どもたちの治療プログラムは「人類の性は女性と男性しか存在しない」というとても古い考えに基ずかれて作成されました。
 外見上曖昧な性器の新生児は健康的に成人できないという理由で、三歳までに「養育の性」の判定を行い、その養育する性の逆の性腺を除去を行う事を勧めていました。
 人間の性行動パターンは、幼児の段階なら途中からでも替えることができるか?
この医学的好奇心の人体実験となった有名なケースが「ブレンダ呼ばれた少年ジョン/ジョーン」ケースです。
 
医学実験された半陰陽の子どもたち

 このケースは、双子の男の子の一方が割礼によってペニスを誤って根元から切り落とされたことから始まります。その男の子は生後7ヶ月で、考えあぐねた両親はある有名な病院を訪ねます。その病院は性転換手術を行っている病院でした。
 医療チームは当初はペニスの再建手術を考慮しました。しかし当時の人工ペニスは問題が多く、断念せざるおえなかったのでした。 そこで医療医療チームは両親に告知した治療方法は、男の子を女の子に性転換することでした。

 医師は両親にこう告げます
 「人間は誕生した時点で性自認は白紙状態で、言葉を覚えるのと同様に学んでいくのです。お子さんは生後七ヶ月で性自認がまだ定まっていません。今なら男の子から女の子に替えることが出来ます。」そして両親は子どの性転換手術を承諾しました。
 その後医療チームはその女の子の治療の追跡調査を「人間の性行動パターンは途中からでも替えることの出来る成功例として」発表しています。
  

 「自分の身体の話はタブーだった」

 では国内目を転じて見ましょう。私自身の体験を語ることにします。私は1961年7月に誕生しました。医師は私男児として判定したので、両親は戸籍に私を男の子として登録しました。私が最も鮮明に記憶しているのは、病院のベットに寝かされ医師いしらしぃ人が私の性器を覗き込み、性器を触診している場面です。
 そして医師は、付き添っている母にこう告げました。
 「大きくなったらちゃんと性器も大きくなります」と。
 私は医師が母に告知している言葉の意味も、そこで何が行なわれていたかも知らずにに育って行きます。ただ、この記憶の事は母に決して訊ねてはいけないと、子どもながらに察していました。

 私が自分自身の身体の性に対して疑問を持ち始めるのは、9歳頃だったと思います、私の通学していた小学校は新設校で、プールも体育館も何も無い学校でした。
私が小学校4年生の夏頃にプールが新設されました。学校の行事でプール開きが行われ、私は男の子と一緒に男子更衣室で着替えていました。
 男の子達は、ワイワイ騒いではしゃいでいました。すると男の子の一人が…
 「お前のおっぱい大きぃなァ」と触って来ました。さらに性器に触れられた時、あの幼い時の記憶がフラッシュバックしました。そして「私の身体は誰にも見せてはいけない事」をこの時さ悟りました。
 
 その後、私の身体には男性化の発現は起きませんでした。むしろ私の身体は、成長してもまるでキューピーの様でした。医師は私を男児と判定したはずなのに、男性の二次性徴もまた生殖能力もない私は「人間として失格」で生きていてもしょうがないと思うようになっていました。

 また私は「男でも女でもない」様な気がして自分はおかしぃのではないかと思い始めていました。しかし私の身体の性について触れるたび、あの幼い時の記憶がフラッシュバックして、怖くて自分自陣の身体の性真実に向き合う事ができませんでした。
 私は思春期に獲得するはずの「性自認」を獲得出来ずにいました。
 

 その後、私自身の身体の性と向き合うため「半陰陽の子どもたちとその家族の自助グループ」pesfisPEer Support For InterSex(日本半陰陽協会)を始めました。 
 そして私の発言があちらこちらで「波風たてています

 この二つの異なる症例には共通点が有ります。まず「ジョン/ジョーン」ケースについて。
医療チームは「ジョン/ジョーン」がかつて男の子であったことも、性器形成手術を行ったことも、そして性ホルモン療法の作用、副作用についても、一切告知しませんでした。また医療チームは「ジョン/ジョーン」とその家族に対して、治療方法について「インフォームドコンセント(医師による告知義務責任)」を怠りました。

 また私自身のケースでも、私の性器を見た医師は「男の子にしては小さすぎるペニスと萎縮した陰膿を見て男の子として判定」しました。しかし医師は私の発達に対してどのょうな障害が起こるか母に対した何も告知せず「インフォームドコンセント」を怠りました。
 この医師のあいまいな主観で判定されていた、半陰陽の新生児に対しての性判定の方法に誤りがあるのです。
 また半陰陽の子どもたちとその家族に対して「誰も真実を知らせようとしない」「誰も真実を知ろうとしない」「誰も真実を語れない」という「沈黙の陰謀」が医療、看護、保健、福祉、教育専門職者への不信感を生じさせています。


『沈黙していた半陰陽者が半陰陽の子どもたちのために主張したこと』

 沈黙していた半陰陽者がこの「医療過誤」から学び取り、今後も生まれて来る半陰陽の子どもたちために主張したこと。
 外性器形態が曖昧な小児慢性特定疾患に指定されている『内分泌疾患』の『性腺または思春期発現機構の変異』の新生児の性判定に対して「人類の性は女性と男性しか存在しない」というとても古い考えに囚われてはいけないこです。

 人類の身体の性はグラデーションであり「身体の性を二分化する境界の医学的論拠は存在しない」また「人類は誕生した時点で「性自認は白紙状態論」は捏造である。という前提に立ち、医師は外性器形態が曖昧な小児慢性特定疾患に指定されている『内分泌疾患』の『性腺または思春期発現機構の変異』の新生児の両親に医療情報提供を行わなければならいのです。
 そして全出産の新生児に対して「性腺検査」を実施すべきだ!そうでなければ医師は子どもの性判定を誤り、子ども発達に影響を及ぼすからです。

 外性器形態が曖昧な小児慢性特定疾患に指定されている『内分泌疾患』の『性腺または思春期発現機構の変異』の新生児の両親に対して医師はまず、医学的に的確に判断できる情報提供をまず行ってほしいのです。
 
ほとんどの半陰陽の子どもたちは、誕生した時点での性判定した性に帰属し、その性に沿った性行動行います。ですから乳幼児の段階で、美容整形上の理由だけで性器形成手術は有害であることを告知し、子どもの性意識が定まる思春期まで性判定を引き伸ばすべきなのです。
 子どもの性意識が定まる思春期まで性判定を引き伸ばすのは、本人にも家族にも酷なのではないかという意見がありますが、しかし本来とは違う性に帰属させる方がもっと残酷なのです。 

人間の性行動パターンは、幼児の段階なら
途中からでも替えることができるか?

 
 1950年代から現在に至るまで、外性器形態が曖昧な小児慢性特定疾患に指定されている『内分泌疾患』の『性腺または思春期発現機構の変異』の新生児の長期に渡る臨床症例のデータが存在しません

人間の性行動パターンは、幼児の段階なら
途中からでも替えることができるか?


 「ジョン/ジョーン」ケースや私自身のケースは個別のケースに過ぎない
しかし「人間の性行動パターンを、幼児の段階で替えた」という


臨床症例のデータは何処にも存在していません

 
 生の話A
『沈黙していた半陰陽者が半陰陽の子どもたちのために主張したこと』より
医学実験された半陰陽の子どもたち全文加筆して掲載します。無断転載禁止
2月
大修館書店
体育科教育
子どもの心をふみつけるスポーツ



2001年
7月14日
読売新聞『医療ルネッサンス』
『半陰陽』の心の支援必要
読売新聞9月25日
 公開シンポジュウム《身体》から性を再考する
〜性の多様性と自己決定〜性の多様性理解深めて〜半陰陽シンポジュウム〜
『カウンセリングを受け治療は本人が選択』
 
 遺伝的な性は、性染色体で決まる(?)xxは女性。xy男性だが、それ以外 の染色体の厚生の場合やホルモンの作用状態が通常と異なった場合、内性器が遺伝的な性と違ったリ、外性器がの形があいまいだったりする。こうした「インターセックス」(半陰陽)の子どもには様々なタイプがあり、少なくとも1500人に一人の割合で生まれる。
 
 治療としては、生後すぐに主に外性器からどちらかに決め、本人にも親にも知らせず、三歳までに手術する方法が1950年代に米国ではじまり長年続いた。
 性意識が白紙のうちに社会的な性を刷り込めば、問題なく育つという考えだったが,1990年代に手術を受けた人々が身体の性の後遺症の痛みや副作用、また知らないうち手術されていたショックを主張するようになった。
 
 このため、当事者グループとダイアモンド教授は以下の様に語った。
 「形成手術は絶対な場合を除いては幼少期に行わない」
 「家族に事実を説明し、長期のカウンセリングを行う」
 「思春期以降、本人が十分な情報提供基に、治療を受けるかを本人が選択する」
なド新たな指針を打ち出し、現状での医療対応より大きく転換している。
 教授は講演で

「新生児は白紙ではない。脳は胎児の段階で、心理的な性バイアス(偏り)を受けて生まれてくる。染色体や性器の形より、自分の性をどう認識するか、どういう性的思考をもつかが重要で、それが解った段階で性を再指定する方が良い」

 その後パネル討論で、日本半陰陽協会世話人の橋本秀雄さんは

「性は個人差。大人の理屈や秩序で子どもを管理するのではなく。多様な身体の性が存在する現実を親が受け入れることが大切だ、性判定が不明でも出生届けは受理される」と説明した。


日時】2001年8月25日(土)12:30受付13:00〜17:00

【会場】 大阪府立女性総合センター、ドーンセンター7Fホール
公開シンポジュウム《身体》から性を再考する
〜性の多様性と自己決定〜

公開シンポジュウム
《身体》から性を再考する
ミルトン・ダイアモンド(Milton Diamond)の講演内容は医療、医学情報のページへ

公開シンポジュウム
《身体》から性を再考する
ミルトン・ダイアモンド(MiltonDiamond)の講演内容は
「男でも女でもない性(完全版)」にも掲載しています

10月
エイデル研究所
季刊SEXUALITY
論文『性のグラデーション』身体から性を再考する
レポート
@『公開シンポジュウム《身体》から性を再考する〜性の多様性と自己決定』
講演要旨
A半陰陽の子どもたちとその家族の医療対応と福祉支援



2000年
1月
同文社(倒産しました)
図解転換マニアル〜カウセリング、ホルモン療法から各種手術、戸籍の変更まで〜
インターセックス(半陰陽)編
2月
集英社文庫吉永みち子著
性同一性障害〜性転換の朝第四章性を越境する人々

産経新聞『性をみつめて』


2000年7月8日第14回

『男でも女でもなく』

 「男」か「女」か。
 どちらかのの生しか認められない世の中で性判定が困難な性に生まれ、社会の性表記に翻弄される人々がいる。
 生物学的に性の分化が曖昧で、どちらかの性に分類が困難な身体の性を持つ「半陰陽(インターセックス」の)子どもたちがいる。

 生まれたて来た子どもが性判定が出来ない半陰陽の子どもと解った時、まず最初に親が質問するは「男として育てるのか?女として育てるのか?」というものだ、「日本半陰陽協会(pesfis)」の世話人の橋本秀雄さんは言う。
 人間の身体の性は@性染色体の構成A性腺の形態と機能B内性器の形態と機能C外性器の機能と形態D二次性徴によって性の分化が完成する。それらの特日によっを様々な解剖学的な組み合わせて持ち、男女の性判定が困難子どもを半陰陽と言う。
 橋本さんは半陰陽である事を公表して、1995年に自助組織を立ち上げ活動を行っている。

 橋本さんは男性として育てられたが、うまれたときから小さかった外性器が三歳になっても大きくならず、大学病院の小児泌尿器科で診てもらった。
 病院のベットに寝かされ医師が幼い橋本さんの性器を覗き込み、性器を触診して医師は、付き添っている母親にこう告げました。
 「こんな子どもはいくらでも居る大きくなったらちゃんと性器も大きくなります」と言われた記憶は生々しく記憶している。その後も、病院に通院して「性ホルモン補充法」を受診したが男性の兆候が発現せず治療は中断した。

文、安達亜紀
無断転載禁止

 2000年7月12日15回
『半陰陽の治療〜子どもにごまかさず真実を〜』
  
 外性器の形態から男とも女とも判定が出来ない半陰陽の子どもが生まれたとき「親や医師は性判定にばかり気が取られてしまう」と、日本半陰陽協会の世話人の橋本秀雄さんは言う。

 子どもが生まれると、生後14日以内に出生届を出さなくてはいけないが、性判定が困難な新生児については続柄の記載を保留しても、出生届は受理される。

 しかし、世間では、男と女どちらしか存在しないことになっている。男とも女とも判定できない半陰陽の子どもが生まれても、どちらかの生に決めなければ社会の中で生活していくのは難しい。
 
 半陰陽の治療は、1950年代に米国で作成されたプログラムにはじまり長年続いて来た。三歳までに性判定をし、その養育する性の逆の性腺を除去を行い男女どちらかに育てるべきとされている。

 当事者の一人として橋本さんは「ありのままの姿を認めず、本人の「治療の自己決定」が出来ないうち、「戸籍の性に合わせた手術なんてとんでもない!」と憤る。

 橋本さんは手術を受けた経験はないが、橋本さんのもとには排尿障害や性交障害、心理的な障害など、幼い頃に受けた手術がもとで、後遺症に苦しむ当事者からの相談がいくつも寄せられいる。

 「当事者は自分で受けた手術ではないから憎悪の塊ですよ!!」と橋本さんは言う。

 当事者からの相談は、二十代後半の人が多いという。自分自身の身体のことを医者からも両親からもはっきりと伝えられず、継続的な検査や治療を受けさせらたという人が少なくない。 

 思春期を迎えて自分の身体が周囲の男の子とも、女の子とも異なることに思いし知される。そして当事者の性にかかわる事柄に「話してはいけない」という事を感じ取り、一人で悩みを抱える人が多い。

 橋本さんは言う

「問われているのは大人の性意識。子どもだからと誤魔化さず、半陰陽の子どもの理解度の応じた告知方法を考え治療について真実を話してほしい!」


文、安達亜紀
無断転載禁止

 2000年7月18日16回
 『半陰陽の子どもの存在〜性教育の授業で話す』

 「インターセックスという言葉の意味がわかりました。その意味は、男でもあり女でもあります。そして男でもなく、女でもないのです」
 
 性の分化があいまいで、どちらの性にも分類できない半陰陽(インターセックス)について、性教育の授業で学んだ小学校二年生の児童が書いた作文には、率直な感想が読める。
 
 自助グループ日本半陰陽協会(pesfis)世話人、橋本秀雄さんは半陰陽という性の形態があることは、小学校低学年の子どもたちにも充分、理解できると感じている。
(乳幼児、児童の理解度に応じた告知は可能である)

 しかし性の話はタブー視されることが多く、人間の身体の性の多様な形態について正確に理解し語られる機会はあまりない。

 性判定の困難な半陰陽の子どもたちの思春期に外性器形成手術を受けさせたり、時には戸籍の名前や続柄を変更し引越しするケースも後を絶たないという。

 半陰陽という性の存在自体が隠蔽されているからだ。橋本さんは子どもと(当事者)とその家族が孤立していることに異議を唱える。

 たとえば「小学校の就学前のガイダンスで一人排尿ができるようにと言われると、尿道に問題のある子どもの親はあわててしまう」と。

 橋本さんは言う、立って排尿することが出来ない、尿道に問題のある男の子がいれば、クラスで性教育や、心の教育を実践し、半陰陽という身体の性の形態がある事を子どもに教えてほしい、と橋本さんは訴える。

 1995年、アメリカにある半陰陽の自助グループ「ISNA」北米半陰陽協会が「半陰陽の子どものための治療の勧告」を作成した。
 

 その中では「健康上どうしても必要な場合を除いて、半陰陽の子どもに対していかなる手術も行うべきではない」とされている。

 また「半陰陽の子どもとその家族に対して長期的なカウンセリングを行い、子どもが思春期に達した時に、選択できる検査や治療方法について討論すべきた」としている。

 橋本さんはこれまで全国の学校などを回り、授業や講演活動を続けてきた。
 講演では「半陰陽の話を聞いて衝撃を受ける人は多いが、嫌悪はない」という印象を受けている。


文、安達亜紀
無断転載禁止
8月
季刊ロゼッタストーン秋号
:大特集『男と女は一体どこが違うのか?』〜男と女のボーダーライン
男でも女でもない性をいきる人々



1999年
1月
女性自身光文社
両性具有者衝撃の告白
2月
少年写真新聞社〜こころとからだにやさしい性教育〜
第27回、性のグラデーション
3月
少年写真新聞社〜こころとからだにやさしい性教育〜
第28回、人間の十個の性
4月
少年写真新聞社〜こころとからだにやさしい性教育〜
第29回 、インターセックスチルドレン(半陰陽のこども)
5月
『ちいさいおおきい、よわい、つよい』ジヤパンマシニスト
特集『らしさ』のふしぎ〜女の子の育て方、男の子の育て方〜
『私たちはどちらにしても生きにくい』
9月

第29回、インターセックスチルドレン(半陰陽のこども)

TSとTGを支える人々の会主催ミルトンダイアモンド来日記念講演新聞報道特集

朝日新聞  西日本版 家庭欄

男でも女でもない『半陰陽』多様な性の自己決定求め集会
講演したハワイ大学医学部 ミルトンダアモント教授は、インターセックスは、二千人に一人の割合で生まれるので、日本には六万人以上いる計算になると説明。インターセックス幼少期に手術を受けた人は手術を受けた人は後悔しがちです。 自分の性を変える事はインフォームドチョイスが重要と話し多様な性を認める事が大切と訴えた。

北海道新聞  生活欄
十分な情報、医療の充実。社会的理解が不可欠
本人の選択尊重
新生児の外陰部の性別あいまいな場合性染色体検査を経て男女が決定され性器形成や性腺除去手術が行われる事が多い。女の子にする手術の方が簡単だから女の子として育てなさい シンポジュウムに参加した半陰陽児の母親Aさんは、 出産後、医師に言われた
言葉を今も忘れられないと語った。

琉球新報
半陰陽を考える自分の性は自分で決めたい当事者から切実な声
……ミルトンダイアモント教授は本人が自己決定できるまで、不可逆的な治療、特に手術すべきでないと強調した。……

10月
泌尿器科領域看護専門雑誌ウロナーシング メィデカ出版
患者さんに聞け『半陰陽ゆるやかなネットワーク』
11月
飛鳥新社
異性愛をめぐる対話8(対談集)
伊藤悟&簗瀬竜太




1998年
1月
週刊SPA !扶桑社12/31/1/7合併号
パトが行く! 橋本秀雄氏、半陰陽者としてカミングアウトする!
6月
さいろ社
いのちジャーナル6月号
翻弄される性〜インターセクシャル(半陰陽者)の苦悩〜
9月
解放出版社
生と死の先端医療〜いのちが破壊される時代〜
もう販売していません。
10月
青弓社
男でも女でもない性〜インターセックス(半陰陽)を生きる〜
完全版の前装丁、もう販売していません。



1997年
1月2日9日合併号
女性セブン 小学館
『あなたに本当に男ですか?本当に女ですか?私はインターセックスです』
3月
世織書房
性別の彼岸トランスジェンダリズム
ISNAとpesfisの初めての取材。アメリカ・オランダ・スウェーデン・フィンランド各国の現状、当事者の声を厚く取材した『性の署名』を越えるルポ。
松尾寿子著 定価3570円(本体3400円)
8月
Human Rights 部落解放研究所
シリーズ先端医療と人権
男でもない女でもないインターセックスという性を生きる人々
8月20日
『インターセクシャル(半陰陽者)の叫び』かもがわ出版
小田切明徳・橋本秀雄共著
タイトル失敗!もう販売していません。



1996年
1996年8月19日
AERA朝日新聞社
第三の性を求めて両性具有が存在主張
8月25日
講談社月刊view
男でも女でもない『もう一つの性』を生きる
日本人半陰陽者が初めて素顔で告白


『半陰陽』(広義にはインターセックス)とは生まれつき外性器、性腺などの構造に男性、女性の特徴をあわせもつ両性具有のことをいう。男か、女か戸籍には二つの選択しかない。
半陰陽児は与えられた性を生きていく事になる。しかし、もし、その性が成長後に自己認識と違ってしまったら……… 性転換が認められるなど性の多様化が進む一方、閉ざされた悩みを抱える半陰陽者二人が、『もう一つの性』を勇気をもって語った。彼等の言葉は、男と女の境界線『性別』ということを考えさせてくれる。
表紙文 宮地光

残念ながらviewsは、翌年97年廃刊となってしまった
1月
翔泳社 クイアパラダイス〜性の迷宮にようこそ〜
伏見憲明
この頃は手当り次第どこでも出た。文庫本で見かけます。





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