ガレージ250


バイク道、我流!



 バイク乗りとしての楽しみ方、それは人それぞれであろう。しかし、バイクを所有しつつもバイクという存在を活かしきれず、愛機がシートやホコリを被ったまま・・・もしくはバイクを手放そうと考えてる人もいるのではないか?
 ”バイク乗りはバイクは手放すな!また必ず乗りたくなる!”あくまで私の自論だが、経験上、8割以上の人間にこの傾向がみられる。何十年という月日を経てライダーに返り咲く人も多い(ちなみに私もライダーとして6年の空白の時間がある)。なら、はじめからバイクは手放さないにこした事はない。




1、ライダーへの覚醒

 私がバイク乗りになったキッカケは高校生活最後での失恋。好きな女の子がいたが他の男の子にあっけなく先を越され、好きな女の子をとられた。高校卒業直後その男の子が2500ccターボのスポーツカーを彼女と乗り回して遊んでると耳にした。その時の私は車を買う財力など到底無く、3月生まれなので在校中に教習所も通えず、免許も持っていなかった。・・・悔しかった。一人の男として差を見せつけられた気がした。現代の十代やハタチくらいの子には想像できないだろうが、当時は車やバイクは男のステータスシンボルや男のバロメーターのような存在だった(そんな人種も数多くいたといった方が妥当か・・・)。そんな時代もあったのだよ(笑)。
 「・・・あいつに出来ない事をやりたい!」「あいつに出来ない事をやれるようになってカッコよくなりたい!見返したい!!」
 その男の子が当時バイクを運転できないのを知って「あいつがスポーツカーなら俺は単車だ!」。これが私のライダーとして覚醒した瞬間。いやはや・・・逆恨みもいいとこですなぁ・・・(笑)。
 ・・・あれから18年が経つ。今思えば大いに笑えるコッパズカシイ話だが、当時は人生をかけて!というくらい本気(マジ)だった。その事は当然今は私の”いい思い出”の一つであり、今の私にバイクという存在は、”自分と妻が共に楽しめる最高の道具であり、最高の相棒”である。他人の目などどうでもよい。




2、なんでマシン好き?

 私達三十路半ばを過ぎた年代は、現代のハタチ位の若者に比べ、車やバイクなどの”マシン”好きが圧倒的に多いと感じるのは私だけであろうか?新聞やTVで現代の若者が「車なんて無くても生活できるし、高い維持費を払って渋滞味わうなら電車で充分」や「バイクなんて必要ない。危ないし」という声が多いと妻から聞いた時は大ショックで一瞬言葉を失った。
 ・・・時代が変わったものよ・・・。
 これも私の自論だが、我々三十路半ばやアラフォー世代は幼い頃、TVアニメが盛んだった。とりわけ”ロボットマンガ”や”ヒーローモノ”は次から次へ放送されていて再放送も多かった。主人公がカッコいいマシンを操り大活躍する姿を、夕方やゴールデンタイムにTVの前に座り釘付けになったものだ。カッコイイ主人公とそのマシン、○○専用××機など・・・ロボットマンガやヒーローモノにはお約束。・・・気付かない人も多いようだが、これがバイクや車好きの原点やバイクや車への想いに拍車をかけている要因の一つになっている人が多いのではないか、と私は勝手に思っている。
 それは決して恥ずかしい事ではないと私は言い切る。大人とは子供の延長線なのだから。




3、ずっと一人ぼっちって事は無い!

 そんなバイクという素晴しいものをなぜ手放すのだろう。私も一時、バイクを手放した人間の一人だ。私の場合、バイクを手放した当時、周りにバイクの乗りが誰もいなくなっていた。自分一人だった。みなスポーツカーに転向し、バイクは話題に出ないし話の続かないような環境だった。・・・当時私は、精神的に成熟しておらず、自己の意思と存在を維持出来ず周囲に流された。ゆえにバイクを手放してしまった。そう思い、反省している。
 ”志を維持し継続していれば、時を経て必ず幾人かの同志と出会う時が必ずある。””興味を持った事は一人でも楽しい。一人になって飽きるのは発見出来ない事が多過ぎるだけ。”
36年しか生きていないが、これも私の経験上の自論。




4、ツーリングは”マス”より”ソロ”で何が悪い?!

 看護師、将棋のアマチュアの先生、元ツーリングクラブ隊長・・・等。そう、私の事。こう聞けば「対人関係が広い」「社交的」とお思いの方が多いようだ。
 だが、どちらかというと私は人といるより一人でいる方が好きである。きっと職業が看護師という常に人と接する職業ゆえ、自分一人の時間が新鮮に感じるせいであろう・・・。
 一人でいる時間は大好きだ。気を使う事がない。文句や指図もされない。ゆっくり想像できる。唯一”自由”を感じられる。・・・いやはや、イイ歳こいて自分勝手ですなぁ〜(笑)。ちなみにこの点は妻が最も認めている。
 だから、バイクについても、車庫で缶コーヒー片手に一人で愛機のそばにいたり、一人で愛機を手入れしたりする事が非常に楽しい。”マスツーリング(バイク仲間と複数の台数でのツーリング)がツーリングの醍醐味”というセリフをよく耳や目にするが、私は全くそう思っていない。昔、ツーリングクラブの隊長を務めた事があるが、今思うと改めて私はマスツーリング派よりソロツーリング派であると実感する。
 複数の台数でのツーリングはそれはそれで楽しい。だが、私は思う・・・
 ”隣に人を乗せないですむバイクという存在とのみ対話しながら、愛機と共に風をきって走る。自分と愛機だけの空間と時間。その愛機を自分の全身で自分のペースで操り、どこへでもいける”。これこそバイクの旅(ツーリング)の醍醐味の一つではないのか?
 だからライダーとして一人ぼっちでもバイクを否定視する事なんてしなくてよい。一人で目的地に向かって走るライダーの姿は、まるで大空を一羽で飛ぶ白鳥の様に美しい!
 ・・・まぁ、ここまで言うと、一緒に走ろうというお誘いも皆無になってしまうかも(笑)。それならそれでもかまわないのだが・・・付け加えるなら、妻も250cc乗り。二人でバイクで旅する事が私の最高の楽しみでもあり夢の一つである。協調性の乏しい自分勝手人間の私だが、かつて同職場に在籍していた理学療法士のセロー氏や介護福祉士のW400氏の方々とも、これから出会う気の合うバイク乗りの方々とも、機会があれば共に走ったり洗車などしたいと思う。




5、まだあるの?(笑)

 バイクに関して思っている事や経験・体験はまだまだ書き足りない。だから、この先、このページには文章が増えていくと思って頂きたい。
 バイクは「危ない、危険」「暴走族」等という悪いイメージをもたれやすい。だが、そんな”誤解されやすい所が自分自身の生き写しの様に思ってしまい、妙な愛着が沸き、手放したくない”というのも私がバイクをやめない理由の一つである。
 
 ・・・阿呆ですなぁ・・・私。




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