2010年 10月31日

 町会の旅行で平川市の足毛沢温泉に行きました。

 その温泉のバスの運転手さんの案内で途中、平賀ねぷた小屋と志賀坊高原に寄りました。

 志賀坊高原はかなりの高台にあり、津軽平野と岩木山がパノラマのように美しく見え(写真)、感動しました。

 岩木山の頂上が雲に隠れていたのが、ちょっと残念でしたが・・・。

 夕方から、久しぶりに小沢地区の皆さんの所に「しんぶん赤旗」の訴えに行ってきました。

 農家の方からとりたての菊の花とジャンボさつまいもを頂いてきました。

  

2010年 10月30日

 日本共産党和徳後援会が行った「国保について考える集い」に参加し、議会で取り上げた国保問題などを報告しました。

 国保の広域化について青森県は現在市町村からの聞き取りをして、12月頃には基本政策を策定するとしています。

 しかし、広域化すると今まで市町村国保に各市町村の一般会計から繰り入れし値上げを抑えていたところもあるのですが、それが出来なくなることなどから、さらに値上げされる可能性が高くなります。

 議会のチェック機能もしづらくなるなどの議論もされました。

  

2010年 10月29日

 浪岡で一日過ごしてきました。

 町の人たちの声もたくさん聞いてきました。

 「合併してさびれていく町の声を代弁してくれる人が必要。」

 「仕事がなくて若者は可愛そうだ。」

 住民の皆さんの思いがしっかり生かされる道が開かれることを願っています。 


   
 「ふじ」の収穫が始まっています。

2010年 10月28日

 「津軽ダムの日(感謝と定礎の式典)」(写真)に参加してきました。

 一昨年、水没する地域の高齢の女性が、補償金についてもつれているため、「もう疲れた、何とかしたい」と相談に来たことがありました。

 遠く離れた娘さんにも帰ってきてもらい、一緒に交渉に立ち会い、まもなく妥結し、西目屋の地から離れていきました。

 今日の式典に参加しながら、彼女のことを思いだしていました。
 その女性は、「目屋ダムを造るときも家が水没し、立ち退きさせられ、また住み慣れた家を津軽ダムで取られてしまう」とやるせない思いを訴えておられました。

 他にもこういう方々が大勢いるのでしょう。

 治水のためとはいえ、こういう方々の犠牲があることを忘れてはなりません。

 西目屋地域から初冠雪で白くなった岩木山が美しく、大きく見えました(写真)。 

   


  

2010年 10月27日

 夜、浪岡の地域集会に参加。

 新人候補への期待の声がたくさん語られました。

 こんなに熱意を持って地域の方が応援してくれるってすごいと思いました。

 今日も朝から寒い一日でした。

 この季節はじめてホッカイロをはりました。
 

 
浪岡の駅がこんなに素敵に「変身」

2010年 10月26日

「県議団便り」の原稿書きで遅くまで県庁控室で仕事をして帰りました。

「所によっては雪」の予報が当たり、帰りの山の中の道路はかなりの雪が横殴りで降っており、タイヤを換えていないのでびくびくでした。

 午前は、浪岡でハンドマイク宣伝。大変寒かったです。

 事務所に帰ってからの肉団子汁がとっても美味しかったです。
 午後1時。紙智子参議院議員らと共に三村県知事宛の「米価暴落などによる減収農家への救済対策を求める申し入れ」を行いました。

 今夏の高温で西北地区の米に影響が出て、いつも冷害等で苦労する県南地方は、よい作柄だったのだそうです。

 暴落分は個別所得補償の変動加算分として3月に支給されるようですが、支払いの時期を迎えるこの12月に年を越せない農家がでるのではないか。その対応が必要との見解が示されました。

  
  県庁5階から−色づいた街路樹

2010年 10月25日

 朝日を受けての街頭宣伝を大町で行いました。

 その後、約束していた相談者と市役所へ。

 難しい事例で、今日の解決にはなりませんでしたが、道筋はつけられました。

 明日は冷え込み、「所によっては雪」などと天気予報でいっていましたので、夜、夏の間外に出していた観葉植物を家の中にしまいました(写真)。

  

2010年 10月24日

 青森市議選がスタートし、応援に一日駆けつけました。

 浪岡への支援を行ってきました。


   

2010年 10月23日

 弘前工業高等学校創立100周年記念式典、記念イベント、祝賀会に参加させて頂きました。

 弘前市役所の土木課関係の職員の方々は、こちらの学校の同窓生が多く、どことなく身近に感じる学校です。

 また、弘前公園に隣接した所に学校があり、四季折々美しい自然に恵まれ、環境は抜群です。

 100周年という大きな節目を迎え、校長先生はじめ同窓会、PTAの皆さんのご苦労が伝わってきました。
 一層、すばらしい人材を輩出するよう期待します。


夕日を背に・岩木山(10月17日)

2010年 10月22日

 日本一大きいという名古屋港を視察しました。

 一万個のコンテナを積む貨物船が停泊していました。

 この港からトヨタの自動車や自動車の部品などが輸出されたり、中国などから衣類や飼料などが輸入されてくるのだそうです。

 また、初めて聞いて驚いたことは、日本の優れた技術から軽い素材で飛行機の機体をつくってアメリカのボーイング社に輸出をしているのだそうです。

 ポートアイランドは青森県八戸港にもあるのですが、名古屋港にもありました。

 河川からの堆積土砂やもともと水深が浅いために、定期的な土砂の掘り起こしが必要で、その土砂でできたポートアイランドが中州のように存在していました。

 世界で初めという「自働化コンテナターミナル」(写真)を操業している飛島コンテナ埠頭KKも、見学してきました。

2010年 10月21日

 京都鴨川整備事業を視察しました(写真)。

 川の中洲・寄り洲を洪水対策として取り除く事業がなされていました。しかし鳥の生態系に配慮し、専門家の意見を聞いてどうしても必要な下流から順次行っているのだそうです。

 何本もの橋がかかっていますが橋のたもとに90人ほどホームレスの人たちがおり、退去指導がなされているそうですが、すぐに戻ってきてしまうということでした。

  
2010年 10月20日


 明日からの京都を皮きりに行われる視察の為に、京都に来ました。 

   飛行機の窓から見えた雲の上の青空がとても美しかったです。

2010年 10月19日

 原子燃料サイクル意見交換会が弘前で開催され出席してきました。

 経済産業省資源エネルギー庁と青森県の共催です。

 最初に原子燃料サイクルについての説明がなされ、その後、ジャーナリストの田原総一朗氏が講演を行いました(写真)。

 てっきり今日の表題「原子燃料サイクル」について、ご本人の考え方を述べるのかと思いきや、前半の30分は、原発の必要性と日本の原発の技術がいかに優れているか、また中東やベトナムに輸出できず、韓国に先を越されたのは、日本の商売が下手で、仲間づくりが下手だから・・・・などと。

 その後の30分は、もっぱら最近開かれた国会での予算委員会の話や中国との尖閣諸島をめぐる問題、反日デモにまつわる中国人の反政府感情
などの話で、核燃料サイクルの問題を講義してもらうために、税金をたんまりかけて呼んだはずの講師なのにがっかりしました。

 「再処理施設のガラス固化技術が行き詰まっている問題をどう思うか」の質問に「困っているのは原燃であり、あなた、何かそれで困ることあるの」と問題をはぐらかす有様でした。

 最後に、発言した方が安全性の問題を指摘したところ、「あなたのような方が頑張らないと・・」とかいいながら、誠実に答えようともせず、そそくさと部屋を出ていきました。

2010年 10月18日

 昨日に続き、パソコンにむかって原稿書きをしました。

 核燃に関する原稿のため、ひとつひとつ不確かな点は確認したいため、資料を置いている県庁控室で、夜遅くまで残って原稿をまとめてきました。

 大分寒くなってきました。


 一昨日帰路の途中浪岡で

2010年 10月17日

 「核燃だっまっちゃおられん津軽の会」で、2回目のチャリンコキャラバンが行われ、若い人たちに混じって市内を、自転車で走りました。

 午前中は気持ちのよい天気に恵まれ、颯爽と走り回れました。
 2コースに別れ、私の参加したコースは、途中「さくらの」と「イトーヨーカドー」前で、横断幕をもち街頭宣伝も行いました。

 若い方たちの参加がたくさんあり、盛り上がりました。

 昼から、所用のため帰りましたが、残った皆さんはバーベキューやゲームで盛り上がったそうです。


 詳しくは「だまっちゃおられん会」ブログでご覧下さい。 

 
 チャリンコキャラバン隊いざ出発

2010年 10月16日

 陸奥湾のホタテが、夏の高温で海水温が上昇し、ひん死状態になっているのを受け、

 地元の要請もあって、横浜町の実態を調査してきました。

 青森県入りしていた高橋ちづこ衆議院議員と、同僚の諏訪益一県議と一緒でした。

 ホタテ養殖業者の方の船で沖にでて、そのきびしさを目の当たりにしてきました。

 海の底に吊していた一本のひもに仕掛けた160コのホタテがほとんど腐って落ちてしまい、貝の中はほとんどが空っぽでした。

 何とか生きていたのは、9コだけでした。

 この様なひもを、600本も吊しているのだそうです。

 約1000万の水揚げを予定していたが、約1割にしかならず、資材費や燃料代などの支払いが待っているため、今後の死活問題と訴えておられました。

 船から降りて、横浜町漁業協同組合を訪れ、理事・総務課長さんらと懇談してきました。

 一番深刻なのは、横浜町のホタテは大きくしてから出荷するために、売る前に全滅し収入がほぼ0に近いということです。
 
 そして、3年物は、母貝といって3月から5月に産卵するのですが、今手立てを取らないと、収入を得るために生き残った母貝が全部出荷されてしまい、来年の産卵期に母貝がなくなってしまうということが心配されています。

 今年生まれた稚貝も全滅状態のようです。

 温暖化は、青森県の水産業に大きな打撃を与えることになりました。


左から安藤、漁師さん、高橋、諏訪






全滅したひもにかかったホタテ

2010年 10月15日

 定例県議会ののち、臨時議会が行われ、今日で約1ヶ月続いた議会が終わりました。

 でもまた、11月後半から12月の定例議会が予定されています。

 それまでに、委員会の視察も2回予定されており、あっという間に次の議会が来そうです。

 北海道の夫の知人から、馬鈴薯(写真)が届きました。

 北海道の大地の土にくるまって。
 

  

2010年 10月14日

 決算審議が今日で終了。

 三村知事の父親であるTM県議(80歳)は今期で引退するのだそうです。夕刊に載っていました。

 決算特別委員会の委員としてこの3日間御一緒していましたが、お疲れなのか、よくお休みになっています。

 決算特別委員会の委員長に互選されたS県議も委員長席でよくお眠りになっています。

 でも器用に指名するときは、ちゃんと目を覚ますから“スゴイ”と思って見ています。

 自民党のT議員の決算質疑で障害者自立支援法に関する質問の時、「自分たちがつくった障害者自立支援法は、ひどい法律だった。施設に行ってさんざん怒られた。」とうち明ける場面がありました。

 「公明党はどうなの」と、野次を飛ばされると同党議員は「拙速すぎたかな」とつぶやいていました。

  
   議員の電光掲示板。

2010年 10月13日

 7時35分 三中近くの枡形交差点で朝の街頭宣伝

≪私の握るマイクに赤とんぼがじっと留まり愉快!≫

 10時半 臨時議会開会。

 11時 決算特別委員会。

 3時半 日本共産党県委員会・県議団・青森市議団・陸奥湾域議員団連名で、

 知事宛「ホタテ大量へい死に係る生活と再生産の救済対策を求める申し入れ」を、
 
 農林水産部長に提出しました。

 猛暑による海水上昇でホタテが大量にへい死するという事態が起きたのです。

 海の水が26度以上になると異変が起きると言われているのに、今年は26度以上の日が13日、25度以上が42日間もあったのだそうです。

 今年の分をまだほとんど売っていなかった横浜町の漁業者は、大打撃だそうです。


夫が鰺ヶ沢に行ったおり、写してきた今大人気のワン君「わさお」の家。
ご本「犬」は、映画撮影とやらでお留守だったとか・・・

2010年 10月12日

 21年度決算特別委員会が始まり、私も4番目に質問しました。

 質問と答弁を合わせて、持ち時間は1時間。

 ちょっと質問項目を欲張りすぎ、用意していた質問を全部出来ませんでした。

 最終盤質問項目をチェックし、しぼる判断が必要でした。

 反省しています。

 県立中央病院の未収金が2億7千万円にもなっている問題で、私は、国保法44条の医療費自己負担分の減免制度の情報を医療費滞納者に知らせ、未収金の解決の一方法として適用されるよう県とも連携すべきだと提案しました。

 また、六ヶ所工業用水事業が累積欠損金7914万円に達している問題で、給水企業が2企業となり、その一つの企業が民事再生申し立てという事態になっていること、県が進めてきたクリスタルバレー構想は目先を若干変えても、誘致企業の先行きは不透明であると指摘しました。

 
   
夫が道の駅で買ってきた“アケビ”

2010年 10月10日

 文化の秋たけなわ。

 わが家のすぐ近くの大清水学園・大清水希望の家の学園祭があり、お昼に参加してきました。

 雨も何とかもち、たくさんの人出。いつものことながら、このパワーはすごいなと驚きました。

 ラーメン・みそおでん美味しかったです。

 もう一つ、秋の大きなイベント「弘前オペラの第40回記念公演」があり、夫と共に鑑賞してきました。

 今回の演目は「椿姫」でした。

 一地方の作品とは思えない、すばらしい舞台でした。

 椿姫を演じた、虎谷亜希子さんの歌唱力には、感動しました。


 私の友人も何人か舞台で演じており、大きな拍手を送りました。

 
 園舎前でよさこいソーランを躍る皆さん。子どもたちも楽しそうでした。

2010年 10月9日

 来春のいっせい地方選挙に向けての、「うたごえ決起集会(写真)」が開かれました。

 「幸せの歌」の替え歌やリクエストによる歌声、そして、みんなの決意表明と続き、私には、大きな「頑張れお手紙」とバラの花束が贈られ、勇気づけられました。

 昨日に続き、議会中は対応できなかった生活相談が相次いでいます。

 本当に住民の皆さんの苦しみ・困難は、計り知れないものだとつくづく感じる事例が続いています。

 「安藤さんはきっと来てくれると思っていた」といい、半月ほど悩んでいたという問題の解決策を練りました。

2010年 10月8日
 
 日本共産党の市田忠義さんの大ファンという方のお店で食事をしました。

 市田さんにお手紙を出すとすぐに返事が返ってくるといい、筆まめの我が党書記局長に多いに学ばなければと、思っています。



原子力・エネルギー問題特別委質疑報道(3紙)
    
紫色が色濃くなった「紫式部」

2010年 10月7日

 決算特別委員会の質疑の通告をしました。

 また、午後から弘前市役所内記者クラブにおいて、来年のいっせい地方選挙の件で、津軽地区委員会として記者会見を行いました。

 4年間は、あっという間に過ぎ、有権者のみなさんに審判を下して頂かなければなりません。

 これまでの活動をご報告し、真摯な姿勢で臨んでいきたいと思っています。

  
 ススキの穂が倒れています

2010年 10月6日

 9月議会が今日閉会しました。

 財政改革といって、県民予算をしぼり続けているのに、失政で作り出された尻ぬぐいのために64億円も血税を注ぎ込む提案が可決されました(日本共産党会派は、反対しましたが)。

 県が開発主体の六戸町につくった金谷工業団地のことです。造成したが売れた区画は30数%にとどまり、1ヶ月20万円もの利息が取られるほどの借金にふくれあがってしまったのです。

 交通の便も悪く企業誘致にふさわしくないところなのです。

 64億円を福祉に回せたらどんなに県民に役立ったことか。

 議会が閉会されましたが、12日から決算特別委員会があり、その質問の通告日が明日にせまっています。

 15日には、国から内示のあった予算を審議するための臨時議会も予定されています。

 精一杯頑張ってきた自分へのご褒美に、たっぷりピアノを弾きました。

  
  県議会共産党控室に生けられた花々

2010年 10月5日

 原子力エネルギー対策特別委員会がありました。

 私も、委員として質問しました。

 再処理工場竣工18回目の延期で、今度の延期期間は、最も長く2年となるのを受けて開かれます。

 国のエネルギー庁、原子力安全保安院、電事連、原燃、そして知事を始め、県の理事者たちが出席しました。

 私は、「日本原燃は、これまで記者会見でも県議会説明会でも一切、謝ることがないのはおかしい、県民に対し謝るべきだ」と主張したのに対し、今日は非常に素直に「申し訳ありませんでした」と、謝罪を繰り返していました。

 旧動燃の技術を取り入れてガラス固化体を製造しているのですが、商業用にはだ技術的に未確立なのではないかと言っても、「技術的には確立しているが運転技術が、熟達していないだけ」と言うばかりでした。
 

  

2010年 10月4日

 今議会の提出議案に対して、今日開かれた建設委員会で、幾つかの質問をしました。

 その中のひとつに、八戸のU期ポートアイランドに関わる問題があります。

 河口にたまった土砂をほりあげて、海に造られたコンクリートの堤(正式名称不確か)の枠の中に、積み上げて造られる土地なのですが、T期ポートアイランドは分譲地として売りに出されていますが、分譲率は37%。

 今造られているU期ポートアイランドは、売るために造られている造成地ではないのに、石油会社エネオスがその土地を買いたいという申し出で、基本協定が結ばれ販売することになったのだそうです。

 見積もり合わせで、予定価格を上回ったので商談も決まったようですが、予定価格を決める際の不動産鑑定士の評価額は、T期ポートアイランドの分譲地に比べても、ぐっと安いというのが、気になります。

 港湾事業によってつくられた起債111億円を減らすためにわらをもつかむ思いで、7億円の収入を得ようと言うもののようですが、企業先導型のあり方に疑問を感じます。

 

2010年 10月3日

 収穫の秋たけなわ。

 わが家の庭の巨峰に続き、プルーン・いちじくも美味しく食べられるようになりました。

 夫がせっせと収穫しました。

 午後、議会の資料を手に美容院へ。

 明日の常任委員会、明後日の原子力エネルギー対策特別委員会、そして、7日決算特別委員会の質問通告日を控え、それらの準備があり、荷物をかかえて、美容院へということに。

  
    プルーン・いちじく

2010年 10月2日

 いつもお訪ねすると気持ちよく応対してくださっていた40代の男性が9月下旬亡くなられました。今日通夜が行われ参列してきました。

 10歳から、再生不良貧血症にかかり、ずっと病と闘ってきたようでした。

 ご本人と、そしてご両親のご苦労は大きなものだっただろうと推察します。

 心よりご冥福をお祈りいたします。

 わが家の庭で育でてきた稲について、ごく最近分かったことがあります。

 ずっと水を切らしてはいけないと必死に水を足してきたのですが、収穫が近づくに従い、水を抜かなければいけなかったのだと言うことに最近気づきました。

 科学的に農作物を育てる・・・何も分からずひどい失敗をしました。 

  
2010年 10月1日

 提出議案の質疑があり、日本共産党県議団からは諏訪県議が行いました。

 県が青森県新産業都市建設事業団へ委託して進めてきた六戸の金谷工業団地の負債の穴埋めに、県税63億円を投入する問題で、知事は失敗した責任をとり、県民に対し謝罪すべきと質しました。

 副知事は、「長期(35年以上)にわたって放置されてきた負債問題を、県がお金を出すことでけじめをつけた」と、弁解していました。

おもちゃのピアノに向かう孫・そら

2010年 9月 30日

 一般質問4日目。

 最近無所属から民主党に鞍替えした渋谷議員が、公共事業の談合問題を追及した際、「知事が関連している土木会社が、高率で高額な公共事業の請負をしているのではないか」との質問をしたところで、

 自民党の阿部議員から、議事進行がかかり、その後5時間も議会は空転しました。

 結局何度かの議会運営委員会を開き、民主党が自民党からの「発言の一部削除」を受入れ、収拾しました。

 議事再開後、知事の答弁からはじまり、残り3人の一般質問が続行し、終了したのは午後9時過ぎでした。

  
  数週間前の弘前へ帰る途中の景色

2010年 9月 29日

 昨日長男が、職場の皆さん5人と職場旅行として、弘前に1泊2日の旅行でやって来ました。

 夜、予定外で一緒に、津軽三味線を聴けるお店で食事をとりました。

 黒石の「造り酒屋」と「こみせ」・つゆ焼きそば、田舎館の田んぼアート、平川の盛美園、弘前公園・長勝寺・ねぷた村・藤田別邸などを観て(食べて)きたとのことでした。若い方、中年の方、共に青森の秋を堪能して下さり、どれも気に入って下さっていました。

 青森は、「りんご」のイメージだけで後はあまり情報が入っていないということでした。全国への宣伝が足りないのですね。

 一行は、名古屋中部空港から来たのですが、今後名古屋・青森便がなくなるのは痛手です。

 さて、議会は一般質問が続行されています。それと並行して、4日の常任委員会、5日の原子力・エネルギー対策特別委員会の質問の準備や打ち合わせに追おわれました。

   
 「 はーい!」も「あんよ」もできるようになったようです。孫の幸樹。

2010年 9月 28日

 何はともあれ私の一般質問が終わりました。

  →質問の全文はこちらをクリックして下さい

 弘前から11人もの方が傍聴に来て下さいました。

 とても嬉しかったです。

 ありがとう!

 いつものごとく、核燃に関する質問に対する知事の答弁は、曖昧なものばかりでした。

  

2010年 9月 27日

 今日から一般質問が始まりました。

 私は、明日午前10時半から行います。傍聴に是非お出かけ下さい。

 県庁議会棟受付でお聞き下さい。

 尖閣諸島の件で、中国と険悪の状況となっていますが、日本政府は領有権のことも含めて、毅然とした対応をしてもらいたいものです。

  
  次々と小鉢に咲く睡蓮

2010年 9月 26日

 今日は、朝から夕方まで、討論が行われました。

 志位和夫委員長が、どんな感想でも良いので、積極的発言をとの声がけが昨日あったもので、つい私も発言通告をしておきましたら、今日、他の3人の県議の皆さんに続いて発言の機会を頂くことができました。

 十分な準備もできていなくて、不十分な発言となり反省しています。

 党の再生をかけた2中総決議案は、多くの方々から寄せられた意見に真摯に耳を傾けて、これからどうあるべきか論議を重ねて練り上げられたものでした。

 今後、仲間の皆さんとじっくりものにしていきたいと思います。

  
   朝到着後パチリ。

2010年 9月 25日

 日本共産党第2回中央委員会が開かれました。先の参議院選挙の敗北を受けての総括と来年の一斉地方選挙の方針が打ち出されました。今日をなんとか巻き返しの一歩にしたいものです。 

   昨日の東京の寒さに驚きました。今日の会場は暑かった!

2010年 9月 24日

 日本原燃、経済産業省原子力安全保安院より、核燃再処理工場の竣工が2年先送りになった理由についての説明会が議員全員参加で行われました。

 これを受けての質疑は10月5日の原子力エネルギー対策特別委員会で行われます。

 委員の一人である私も質問の機会をえますのでその準備もしなければなりません。この件で知事に対しての質問は28日の一般質問で行います。

 明日からの党中央委員会出席の為東京に来ました。池袋のサンシャインビルの近くのホテルにチェックインしました。

  

2010年 9月 23日

 日本共産党大鰐町生活相談室長の秋元芳恵さんと、先日の大雨による被害対策で奔走したことを記したチラシをお届けして歩きました。

 大鰐というと国際スキー場のある町で知られていますが、同時にこのスキー場によって大きな借金を抱えた町としても知られ、財政破綻にどう取り組むか問われています。

 すぐ近くにせまった山々がこの町を包み込んでいるようでした。

  
野菜の緑と深緑の山々が美しい

2010年 9月 22日

 今朝も早朝から、仕事をしていましたが、とても寒かったです。

 衣服の選択が難しいですね。

 寒くて着替えをし直してから出かけました。

今日、一般質問の通告を無事行ってきました。

それぞれの会派に財政課の担当職員が質問のための各課とのやりとりや通告の手配をして下さったり、分からないことがあると調べて下さったり、色々助かっています。


 昼、控室で仕事中長男の妻から二人の孫の元気な様子が写メールで送られてきました。

 この間プレゼントしてあげた可愛いTシャツ姿で写っていました。
 一人にやにや楽しんでみていました。


農家から頂いて育ててきた稲で、何とか米が実っていますが、小粒のようです。
いつ収穫しようかしら・・・

2010年 9月 21日

 田町での朝の街頭からの訴えを終え、県庁に向かいました。
 
 県庁控室で明日の一般質問通告に向けての最後の調整作業が続きました。

 疲れて帰ってきて、元気に出迎えてくれるのがわが家で飼っている唯一の生き物、グッピー、金魚、熱帯魚たちです。

 人間様の様子を見ると、エサがほしいという仕草が始まります。

 早速エサをあげると、気持ちよいほどぱくぱくと食べるのです。
 それをぼーっと見ているだけで癒されます。

 癒されたところで、さて今晩はこれから一般質問の原稿の続きを始めます。


亡くなった大分の義母が送ってくれた彼岸花。今年も咲き出しました。

2010年 9月 20日

 倒れた息子の友人も危機を脱することができ、お見舞いに駆けつけた四男が帰っていきました。

 若い人たちも、無理な生活は禁物ですね。

 でも、みんな労働はきついんですよね。気をつけてほしいと思います。

 今朝、飛行場までのバスに乗り遅れ、結局空港まで送っていくことに。

 「敬老の日」の今日、84歳になる東京の母に電話をしてみました。

 元気いっぱいの様子に安堵。

 うちの息子から、敬老の日にプレゼントが届いたといって喜んでいました。

  
わが家の巨峰が美味しく実っています。

2010年 9月 19日

 一日家に缶詰状態で、一般質問の準備に追われています。

 でも、ちょっと休息に久しぶりに庭に出てみると思わぬ花が開いているのに気がつき、いかに明るいときに家にいなかったかが分かります。

 ハイビスカスや彼岸花、紫式部などなどです。

一気に秋が来ていたのですね。

 
暑い方が似合いますが今頃咲き出しました   

2010年 9月 18日

 生活相談が入り、相談者宅でお話を聞きました。

一人住まいの障がい者なので、ひときわ苦労が多いと感じました。

 親身な対応が必要です。

 また、大阪に住む4男が急きょ帰ってきました。

 息子の友人が倒れたとのことで駆けつけたのです。

 若いのにびっくりしました。

 回復を心から願っています。


 昨日の朝県庁へ向かう途中

2010年 9月 17日

 議会が開会されました。

 開会後、一般質問の中身についてのつめの作業に追われました。

 夕方、弘前に戻り「革新懇」総会での学習会の講師を務めました。

 「県政の課題」をプロジェクターにまとめてお伝えしました。

 最初に財政面での県の厳しい実態を数値で示し、その後新幹線・並行在来線問題や県境不法投棄について、核燃問題などについて等、お話を進めました。

 皆さんに充分伝わったか不安ですが、元大学の先生が「勉強になった」と繰り返しおっしゃっていたことに、安堵感を覚えました。

 
  最初に挨拶をする私

2010年 9月 16日

 建設常任委員会が開かれました。

 大鰐の水害による川・道路の復旧についてや、むつ市の釜臥山頂上の自衛隊基地ガメラレーダーが35bもある構造物なのに、建築基準法に基づく建築物・工作物に当たらないということで、県に対し全くの届出がなされていないのは、問題だと言うような事を質問しました。

 今日は、委員長の許可を得て、写真を手にして説明しました。写真に写っている白いのがガメラレーダーです。

 また、それぞれの問題に関係する地元から傍聴者がおいでになりました。

 傍聴者がいると、委員の方々も張り切るのか、いつになく大勢の発言がありました。




委員会での質問の様子

2010年 9月 15日

 午前弘前中央高校を訪問。

この学校の定時制が、25年から募集停止になり廃止の計画が示されています。

 「なんとかこの計画を撤回してほしい」との声は根強いものがあり、定時制の状況がどんな状況か、お聞きしたかったのです。

 いろいろなお話を校長先生から伺い、玄関から出ると、体育館から教室にもどる途中の、女子高生がさわやかに「こんにちは」と声をかけてくれました。

 議会では、議運が開かれ提出議案の説明を受けました。

いよいよ本格的に忙しい日々が始まります。

 
  先日訪れた陸奥湾

2010年 9月 14日

 朝、富士見橋近くでの街頭宣伝・議会報告を行いました。

 いつものことながら、地元後援会の方2人が一緒に立ってくださいました。

 今日の岩木山は、すがすがしくそびえ立っていました。

 終わって県庁に向かい、16日の建設委員会の質問の打ち合わせや、17日から始まる定例県議会一般質問の準備やらで、終日頭をフル回転してきました。

  
 岩木川沿いのゴルフ練習場から臨む

2010年 9月 13日

 17日に弘前革新懇での講演を依頼されています。

 午後6時から津軽保健生協本部で、演題は「県政のかかえる課題」です。 昨日より懸命に準備をしております。

 ご都合のつく方はおいで下さい。

 大町ユニバース裏の腰巻川支流の氾濫箇所を昨日、今日と調査しました。

 11日にもかなりの雨が降ったので心配でした。

 前日に県が委託した業者によって、川の土砂や落下物をある程度取り除いてくれていたので、氾濫はありましたが、少しですんだようでした。

 さっそく県に対応を要望したことに町会長さんらから感謝されました。

 
 土砂の撤去作業が今日も行われていました。

2010年 9月 12日

 中弘地区母親大会がありました。

 90歳を過ぎてもなお、食品の安全性などを心配し、向上心にあふれる女性と共に、会場へ向かいました。

 大会では、5月にニューヨークで5年ぶりに開かれた「核不拡散条約(NPT)再検討会議」に弘前から参加された、津軽保健生協職員の泉谷雅人さんと、コープあおもり理事の土岐峯子さんの報告がありました。

 報告の前には、劇団弘演の咲間まみさんによる被爆者の詩の朗読が行われました。

 忘れてはならない被爆のむごさ、語り継がなければならない原爆の実相・・あらためてそう感じました。

 病をおして被爆者の方々がニューヨークにまで出向き訴えている、そして若い方々も含めそれをサポートし、共に署名やパネル展示会などの行動をしてきたという話、また、世界中から集まった2万人の行進、その前日に起きたテロ未遂事件など、生々しい情報が、映像や写真を通して報告されました。
 
 今回のNPT再検討会議では、核軍縮について2014年までの報告を各国に要請するなど64項目の事項が採択されるという大きな前進があったと締めくくられました。

建設委員会議事録(10年5月21日開催分)安藤分を抜粋して紹介します
 


2010年 9月 11日


 青森グランドホテルにおいて開かれた内閣府原子力委員会主催の「原子力政策大綱(H17.10)の見直しの必要性についてご意見を聞く会in青森」(写真)に出席してきました。

 有識者の意見として連合青森会長や弘前大学長、子育て支援&自己啓発サークル代表らが、意見を述べていました。

 核燃だまっちゃおられん津軽の会の竹浪事務局長も出席し、参加者からの意見聴取のところのトップで発言の機会が得られました。
 参加者からの発言はわずか3分で、充分言い尽くせない感がありました。

 他に、同僚のすわ県議や核燃立地反対連絡会から河内事務局長も発言の準備をされていました。
 
 夕方から、弘前の東栄ホテルで開かれた「JR不採用問題解決・弘前地区報告集会」に招待され、激励のあいさつをさせて頂きました。

 23年もの長きにわたっての闘いを支えたご家族やすでに他界された方を思うと、胸が詰まってしましました。

 本当にご苦労さまでした。
 

2010年 9月 10日

 弘前市民が飲む水に影響を及ぼさないか心配される旧尾太鉱山処理施設をくまなく視察調査してきました。

 また、当施設の一部が現在建設中の津軽ダムの水没区域になることから、影響を及ぼさないようにするための縁切ダムの予定地も見てきました。

  処理施設の沢の地下に埋め込まれている浸透水の暗渠や、鉱山を掘るときに入っていった本山の2本のトンネル(今は水の処理だけしています)も中まで入って来ました。

 トンネルの中にコウモリが飛んでいました。

 また、処理する前の水が運ばれるパイプが3〜4bの落石によってはずれる事故が起きたときのパイプもそのまま置かれていました(写真)。

 

2010年 9月 9日

 朝、むつ市平和委員会の方々に案内して頂いて、釜臥山の頂上まで登ってきました。

 すばらしい天気であったために頂上から見た陸奥湾の景色は最高でした(写真上)。大阪からおいでになったという観光客の方も感嘆していました。

 その頂上にすさまじい自衛隊のレーダーが建設されているのですから、ただただ悲しさに襲われました(写真下)。

 むつ市の観光のメインが痛めつけられている、そう言わざるを得ません。

 もともとここに建っていたピンポン型の小型のレーダーは、隣の低い山に移され、気象レーダーなどと並んで建っていました。

 県庁に昼に戻り、午後1時から県子ども未来課より虐待防止についての取組の説明を、高橋ちずこ衆議員議員らと聞きました。


 その後弘前に帰り、高橋さんと共に弘前児童相談所でも同趣旨のお話を聞いて来ました。


 



 

2010年 9月 8日

 
むつ市平和委員会主催でむつ市釜臥山頂上の国定公園内に造られている自衛隊基地ガメラレーダーについての議会報告会を行いました(9月6日ブログをご参照下さい)。

 改めて市民の皆さんの怒りを強く感じました。当然です。岩木山の上に35メートルもの基地レーダーができたらもうだまっちゃおられません。


むつ市民の皆さんに挨拶をする私

2010年 9月 7日

 超過密のスケジュールをこなした一日でした。

 朝8時岩木地区のお山参詣出発式に参加。

 朝方の雨で、少し遅れての開始。

 9時過ぎに、相談者と市役所子ども支援課へ。

 10時から始まっていた日本共産党市会議員石田久さんの一般質問を傍聴。

 11時過ぎ、弘前の「安藤はるみ事務所」に行き、スタッフと打ち合わせ。

 それから県庁に向かい、一般質問などの準備・・・

 夜は、昨日から原稿を書いて準備していたはるみニュース「アジサイ便り」の編集。

 そして、遅くなってからブログに書き込みという具合です。

 
 出発式のいでたちでパチリ

2010年 9月 6日

 8日にむつ市平和委員会の主催で私の議会報告会を準備して下さっています。

 むつ市の釜臥山の頂上に建設中の「FPS−5 ガメラレーダー」についての質問と県の見解についての報告をすることになっています。

 現地では、このレーダーの建設に反対の運動が起きているのです。

 翌日の午前中には釜臥山に登って建設中のレーダーの視察もしてきたいと思っています。

 先日も脇ノ沢にいった帰り、頂上に巨大レーダーが設けられた釜臥山をむつ市内から見てきましたが、今度はそばまでいって国定公園に建設されているというその違法性の実態を調べてきたいと思います。

 夜、党員を迎える歓迎会におじゃましてきました。仲間が増えるのは嬉しい限りです。

 
 よく見れば頂上のとんがりが分かると思います。釜臥山に建設中の自衛隊のガメラレーダーです。

2010年 9月 5日

 昼間の暑さも少し和らいできた感じですが・・・それでもまだ暑い!

 仕事が詰まり、少々焦り気味の私です。

 相談者との約束もあり、じっくりお話も聞いてきました。

 そんな中、11月の四男の結婚式にピアノで弾いたらとピアノの先生に勧められ、「愛の賛歌」を目下練習中!

 ものになるか、どれだけ練習時間がとれるかにかかっています。曲は素敵なのですが。

 
田んぼアートは、このバックにそびえ立つ天守閣(田舎館村役場)から見下ろすことができます。

2010年 9月 4日

 食と健康を守る津軽地区連絡会主催の学習会に参加しました。

 東京からいらした農民連食品分析センター所長石黒昌孝氏による「危ない輸入食品、食料主権で国民のいのちを守ろう」というお話でした。

 コンビニの弁当のご飯を水に入れて見せてくれましたが、油が浮いていました。(照りを出すために油が塗られているそうです)

 問題になった汚染米のうち、名古屋の浅井という商社はすべておにぎりにして売ってしまったそうです。

 中国産冷凍野菜は、残留農薬が多く検出されています。よってファミリーレストランのほうれん草製品も残留農薬が検出されるものが多いそうです。

 「日本の食料は日本の大地から」つくづくこれが実践される社会にしたいと思いました。


弘前大学長と共産党懇談(9/3『しんぶん赤旗』)

田舎館村のたんぼアート「牛若丸と弁慶」

2010年 9月 3日

 約束の相談者とお会いし、お話を聞きました。

 若者を取り巻く現実の難しさ、子育ての環境の複雑さ・・・

 色々な意味で考えさせられた一日でした。

 また、今日の続きは後日ゆっくりとということになりました。

 私の身体が、この暑さを何とかしてくれ!と悲鳴をあげています。

  
 先日黒石で食べた「つゆ焼きそば」

2010年 9月 2日

 私とよし俣洋党県書記長、越明男市議団長の3人が弘前大学を訪問し、遠藤正彦学長と江羅茂総務部長と懇談をさせて頂きました。

 「これまで、運営交付金の1%削減はやめてほしいと言ってきた。」
 「現在民主党総裁選が行われているが、その推移を見守らざるを得ない。」
 「政府が戦略会議で打ち出している10%削減(約10億円)にどう対応していくか頭を悩ましている。」

 「人件費を減らすとなると250人から260人へらすことになるが教育の質の低下につながり、到底実行することはできない。となると、物件費や研究費をけずることになり機能がマヒしてしまうだろう。」

 等の見解が示されました。

 日本共産党は、「大学の危機打開へ『学問の府』にふさわしい改革を進める日本共産党の提案」を6月3日に発表しており、お渡ししてきました。

 
9月に入っても暑い日が続いていますが空は秋を感じさせてくれています。

2010年 9月 1日

 昨日の大雨で川が氾濫したり、土砂崩れが起きたりで多大な被害を受けた大鰐町の被災現場を調査してきました。

 川がえぐれて民家の庭が崩れたり、田に土砂が流入して稲刈り寸前の稲が埋まったり、道路に採石がなだれ込み寸断されたり、すさまじい状況でした。

 肩を落とす被災者の方のお話も聞き、励ましてきました。

 視察後、大鰐町総務課長、県中南事務所の河川砂防施設課長、地域農林部長らにお会いし、速やかな対応を要請してきました。


濁流で川がえぐられた現場にて

2010年 8月31日

 支持者の方々を訪問して色々なご意見を伺ってきました。

 大変な雨が降ったり、暑い太陽が照りつけたり、きびしい一日でした。

 
 虹が美しく現れて・・・